INTERVIEW WITH SKOLOCT / JAPANESE

 SKOLOCTデザイナーNAKANO TSUYOSHI氏 インタビュー

English Version Interview

 

-SKOLOCT PROFILE-

日本のストリートシーンを牽引してきた「A BATHING APE」や「UNDERCOVER」と共に90年代の”裏原カルチャー”を牽引したブランドの1つでもある「NGAP」デザイナー”TSUYOSHI NAKANO”により2007年新たに立上げられたストリートブランド「SKOLOCT(スコロクト)」

 

裏原ストリートカルチャーにインスパイアされたSKOLOCTのグラフィックは他にはない存在感を放ち、アートからカジュアルウェアまで幅広い商品ラインナップを展開。過去にはHYSTERIC GLAMOURやSTUSSYとのコラボレーションしたアート展示会やUNDERCOVER、TAKAHIROMIYASHITA THESOLOISTとのコラボレーションアイテムを発売するなど精力的に活動中。アメリカ系中国人のアクター/モデル/インフルエンサーであるEDISON CHENが主催するJUICE LAにて個展を開催。同時に同者主催の音楽兼ファッションイベント"innersect"(インナーセクト)上海でsacaiやAMBUSH等名だたるブランドと共に出店した。また、香港のJUICE香港でもSKOLOCT POPUP STOREが開催され、国内のみならず海外でも精力的に活動中。

  

 

-SKOLOCT-

アーティスト / デザイナー 中野毅 NAKANO TSUYOSHI

生年月日 / 1972年2月18日 出身 / 東京(神田)

 

1995年 NGAP スタート

2007年 SKOLOCTスタート

2013年 SKOLOCT×STUSSY COLLABORATION

2014年 SKOLOCT×HYSTERIC GLAMOUR COLLABORATION

2015年 SKOLOCT×HYSTERIC GLAMOUR COLLABORATION

2016年 SKOLOCT×TAKAHIROMIYASHITA THESOLOIST COLLABORATION 

2017年 SKOLOCT×HYSTERIC GLAMOUR

          SKOLOCT×VLONE COLLABORATION

 

 

90年代に大きな旋風を巻き起こした”裏原ブーム”の立役者であるNIGOや高橋盾、藤原ヒロシなどと共に裏原カルチャーを牽引してきた一人”NAKANO TSUYOSHI”氏。

そんな氏が裏原ブームを牽引した自身のブランドNGAPをクローズし、2007年から原宿発の大きな目をしたオシャレで可愛らしいキャラクターの誕生と共に立ち上げたブランドSKOLOCTが今日本にとどまらず世界中の名だたるブランドとコラボレーションを実現させ注目を集めている。

ブランドの誕生経緯や90年代当時のムーブメントについてインタビューを行った。

 

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さっそくですがSKOLOCTの始まった経緯とキャラクターのモチーフがあれば教えて下さい。

1960年台のハンナ・バーベラって言うアメコミがあってその絵のタッチがすごく好きでSKOLOCTはそこから来てる。

最初はそういうスタイルで始まって今はもう自分のスタイルになってきてるし、自分のフィーリングで結構形も変わってる。これからも日々形は変わると思うね。NGAPのときは、ホームペインターだったから、建築とか大工とかそういうテーマの中でしかものが作れなかった。自分の中のテーマが建築だったから、グラフィティとか好きになっていってその枠をSKOLOCTで超えたくて。  

 

裏原ブームを牽引してきたブランドの1つでありますNGAPのはじまった経緯もお願いします。

俺が始める時はJONIO(高橋盾/UNDERCOVER)やNIGO(A BATHING APE)はもうブランド立ち上げてて、当時はJONIOと本当に仲良くて、JONIOの家に一緒に住んだりしてて、毎日昼飯も夜飯も全部奢ってくれてたり。(笑)そういうのもあってあいつらは俺のことをずっと好きでいてくれたからさ、俺のコレクションをやって行こうよって言ってくれてUNDERCOVERの中で展示会もやってくれたり、出資も全部してくれて。そんな中NGAPのバックがめちゃめちゃ売れたんだよね。もとは俺が人ん家で勝手に縫って作ってたんだけど、そしたらみんながそれを気に入ってくれて、NIGOが作って売ってくれたんだよね。たぶん1億円分くらい売ってくれた。(笑)でっかいNGAPのバッグベットも作ったりしたけど、はっきり言ってデカイもの作るのはKAWSより俺の方が早かったけどね。(笑)それからNIGOがNGAP、FUTURA、STASHの缶も作ってくれて、その時に金を沢山もらってその時の資金で会社を立ち上げたんだよね。それからNGAPは10年位やったかな。でも、だんだんお金とか政治とかに嫌になってきちゃって。当時は周りから距離を置きたくてしかたなかった。(笑)俺も若かったし、カッコつけたり、自分のやりたいことだけやっていれば人にそんなに知られなくてもいいやって思ったりもしてて、あんまりNGAPが広がってないことに気づいたんだよね。だから辞めたいって思って。広がっていくドンドン膨らませてくものをやりたいなって思ってSKOLOCTを始めたっていうのもあるかな。

 

 

今国内外問わず様々なブランドとのコラボレーションが実現していますがSKOLOCTがコラボする理由 / その中で一番印象的だったブランドはありますか?

コラボは色々やってきたけど一番印象的だったのはVLONEかな。

外国人と本気でやりあったのが初めてだったし楽しかったよ。バイブスが合ったんだよね結局。(笑)英語だと通じない部分も多くて大変だったけど、同時にやりがいがあって、一緒にやってて気持ちよかったよね。

日本語で通じるJONIOとは30分もあれば決まっちゃうからね。まぁこのVLONEとのコラボがきっかけでお前らとも会えてこの企画が生まれた訳だしね。(笑)

後は、HYSTERIC GLAMOURかな。
ノブ(北村信彦)さんとは中学が隣ってこともあって家族ぐるみの付き合いもあるし、ずっとかわいがってもらってて、尊敬する先輩の一人だね。HYSTERIC GLAMOURってお店でアート飾ったりするのをずっとやってて、青山店の地下にRAT HOLEっていうギャラリーがあって、定期的にアラーキーとか森山大道とかの2,3千万級の作品が飾られるようなギャラリーなんだけど、俺の作品もいつかそこに飾られるようなレベルまでいきたいと思っていて、ノブさんに相談したら、HYSTERIC GLAMOUR と6回コラボしたらいいよって言われてて、今が4回目。それが今俺のアートとしての次のステップへの挑戦かな。

 

他にも昨シーズンからパリコレに復帰されたTHESOLOISTともコラボをされたと思いますけど、宮下貴裕さんとはどのように知り合ったんですか?

俺が10代の時、春日部に住んでて、沿線が同じだったから上野のやつと埼玉のやつは結構一緒に遊んでたね。だからタカヒロの地元のやつもみんな知ってるしなんだかんだ今でも会ったりするんだよね。

 

 どのようにSOLOISTとのコラボレーションに至ったんですか?

2002年、2003年あたりでタカヒロがNUMBER (N)INEやってたときに、あいつもデザインばっかやってて頭おかしくなってたから「お前ちゃんとしろよ!」って言ったことがあって、それを最近タカヒロと偶然あった時にまだそれを覚えてて(笑) その時にタカヒロが「じゃあ今中野さんなにしてるんですか?」ってなって(笑)

まぁ俺としてはSKOLOCTをファッションの方にもっていってなかったから、見せてもどうかなと思ったんだけど、見せたらタカヒロが意外と食いついてくれて、そこから何か一緒にやろうってなって、SOLOISTがSKOLOCTをテーマにしたコレクションを作ってくれたんだよね。まあ仲間意識だよね。

 

NGAPを始めるきかっけとしてJONIOさんやNIGOさんの名前が上がりましたが、お二人とはどのように出会われたんですか?

18歳から新宿のクラブに埼玉の連中を40,50人くらい連れていることが多くて、当時の不良の先輩に「お前クラブ守れよ」って言われて、大勢を引き連れてたんだよね(笑)。そのクラブに藤原ヒロシとかJONIOとかNIGOがDJしててそこで知り合った感じかな。そのクラブが日本で外国の流行の音楽を流してて、月曜日LONDONNIGHT、火曜日HIPHOP、水曜日レゲエ、木曜日ロカビリーnight、金曜日ハウス、土曜日藤原ヒロシみたいな。みんなはそこでDJしてたけど、俺はクラブを守ってた(笑)。その時NIGOとJONIOと仲良くなったかな。

そういう縁もあってNIGOから「NOWHEREってお店出すから手伝ってよ」って言われて、内装を作る手伝いをしてたんだよね。みんな20歳くらいだったから全然お金なくて、当時俺は三軒茶屋のペンキ屋で働いてたから仕事帰りに寄って、道具も全部俺が持っていって毎日夜中までみんなでお店を作ってたよ。それからNOWHEREは一気に人気になって、どんどん新しいものを売って新しいものを作ってく中でシーズンで内装を変えるようになったりするのも手伝ったりしてて。そしたら俺らにもお金が入ってくるようになって、100万とかいきなりもらったりもしてたね。(笑)

 

90年代裏原ブームを牽引していた日本の名だたるレジェンドのようなデザイナーさんが多いですが、この中で尊敬する人や影響を受けた人、またはライバル、負けたくないと思っている人はいますか?

負けたくないとかではなく、JONIOとは同じフィールドにいたいなって思うよね。同居もして一緒にいる時間も長かったし。(笑)JONIOは先輩だから俺から偉そうな事は言えないけど(笑)

JONIOはNIGOがやってたのもあって最初ストリートを見てなかったんだけど、UNDERCOVERもストリートも取り入れたいって言って俺も一緒にNYにKAWSとFUTURAに会いに行って、それがきっかけでコラボがした実現したね。JONIOには一緒に行動しててすごい影響されたかな。

シンちゃん(SKATETHING)にもすごく影響された。

同じようなことをしようとは思わなかったけど、さすがPOPのKING OF HARAJUKUって感じだね。みんなに影響与えたし、当時は全員シンちゃんを目指したよね。(笑)

SUPREMEとKAWS も最初はNIGOとシンちゃんが、NYからお土産で買ってきてたのがきかっけでそれをSTASHが日本で広めたりとかもしてたね。

当時は外国のものがあまり日本に無かった時代で、みんなで持って来てそれを日本で広めようとしてたかな。その他だとヒカル君(BOUNTY HUNTER)とは、JONIOと三人で同居してたときもあったし、TETSU(WTAPS)とは20歳くらいのときに毎日のように遊んでた。

あと、ノブさんは素敵な人だね。安定したクリエーションをずっと続けていくとことか。若い人と順応するし。センスが良いよね。ARATAくん(REVOLVER)ともずっと一緒にいる後輩だね。REVOLVERのお店の内装も全部俺がやったんだよ。たまに今でも遊ぶしね。当時からライバルではあったけどみんなで刺激し合ってトップを目指してたって感じはあるかな。

 

 

 当時から幅広い交友関係を築いてきた中野さんですが、今特に親交のある方はいらっしゃいますか?

KID(山本KID徳郁)とは20年位一緒にいるよ。SKOが始まった頃から一緒に書いてるからね。尊敬してる一人にKIDもいるね。KIDがアマチュア時代からの友達だけど、やっぱ彼は世界チャンピオンだからマインドとか生き方とか姿勢とかはすごく勉強になる。KIDが大学生のときに、俺がよくいた溜まり場に来てて、その時先輩に紹介してもらってからどんどん仲良くなってった。今でもお互いに刺激を受けながら絵もかいてるしね。

 

 ファッション意外で尊敬している人はいらっしゃいますか?

アートの部分では、DOZE GREENだね。

昔、俺の先輩の姉ちゃんがDOZEと付き合ってて、もともとDOZEのことは一方的にかっこいい絵だなって知ってたけどそれで顔をあわせるようになった。このとき、DOZEはめっちゃ不良でNYの125丁目ってとこで生まれ育った人で、黒人とキューバ人の混じってる人でさ、HIPHOPの始まりはカリビアンアメリカンから来てるって言われてるんだけど、DOZEはほんとそのオリジナルの人でダンスしなから壁に絵を描いてたよ。当時、俺のいた環境って、JONIOとかNIGOとか、いわばファッションオタクに囲まれてたんだけど、俺は結構不良なノリで生きてきてて、なんかそういう不良ノリの人が好きだったし、かっけぇと思った。その時、NGAPしかしてなかった俺は絵をあまり書いてなかったんだけど、グラフィティはすごく好きで調べてたよね、色々。それでDOZEの絵を見て、会いに行ったりした時に、このスタイルちょーヤバいと思った。DOZEは結構金も稼いでて、世界的にも有名になってきてて、ヨーロッパに呼ばれて絵書いたり色々やったりしてたんだけど、ブルックリンのレコード屋に一緒に行ったときに、急にDOZEがニヤって笑ってレコード持って走って逃げたんだよ(笑)。それ見て俺もやべえってなって走って逃げた事があるんだけど、当時俺は34超えてたけどこんな風になりたいって思っちゃって(笑)。その時に絵を書こうと思って始めたんだよね。でも、DOZEは俺がこういうこと(SKOLOCT)してるのは知らないと思う。多分今もNGAPやってると思ってるかも。(笑)
俺はROCKとかよりもHIPHOPが好きだったし、そういう時代に生きてきたから、余計かっこいいと思ったよね。不良って言うのが正しいのかわかんないけど、自分のありのままの形で生きている感じがいいなぁって思ったよね。シンちゃん(SKATETHING)の絵とかも好きだけど、こういうDOZEみたいなARTの中でもGANGって方が好きかな。

 

今の若者についてどう思いますか?

今も昔も変わんなくて、ぜんぜん違うんだけど根本的な何かは変わってないと思う。やりたいやつがやっててのし上がってきてるやつはまじでやってて、俺はリアルにやってると思うんだよね。俺はやる気はあったけど、そんなにハングリーだったわけではないけどね。(笑)

 

 今のグラフィックのシーンをどう思われますか?

あまり興味ないね。どっちかって言うとものを作って売る人たちのほうに興味があるね。それをお金に変えてる人たちのほうが興味があるね。まあ、アートも同じ。アートもただしてるだけじゃ何も面白くなくて、金に換えたり、人に見したり、でかい美術館入るようなことだったり、そういうことのほうが興味あるね。

 

 将来アーティストを目指す人へなにかありますか?

好きなこと諦めないでやれるスタンスを自分で作って、やればいいんじゃないかなって思う。

 

 SKOLOCTをどのようなブランドにしていきたいですか?

世界中で誰しもが「SKOLOCT」を知ってもらえるブランドにしたいよね。今までにない形でいいと思うし、これがSKOLOCTのファッションだから、アートだからって言えるようになったらいいなって思う。あとは、SUPREMEみたいな感じにしたいよね。ファッションをSUPREMEみたいにしたいんじゃなくて、SUPREMEっていうお店の在り方っていうか。マンハッタン、原宿みたいに都心のなかでイケてて、人が集まって、面白い物を売ってる感じ。なんか芯があって、濁りがない感じだね。

後は、今まで日本でJONIOやNIGOのやってきたことは、世界に影響あたえて、みんな影響されてる。それを超えるものもないとも思うし、それで日本人への評価も上がったと思う。FUCK YOU!!(笑)

実際、アメリカのポップにはどこの国もかなわないと思うけど、日本人にはそのポップを形にする力がすごくあると思ってて、洋服でもJONIOはUNDERCOVERでハギレのたくさんついたパンツつくるけど、そういうのはアメリカでは作れないと思うしフィルターが違うよね。いつまで俺たちのノリが続くかわからないけど全力でやりたいなと思ってるよね。

 

 今後の予定を教えてください。

7月にHYSTERIC GLAMOURとのコラボレーションがあるね。あとは、年内に個展が出来たらいいな。

 

SKOLOCT

https://www.skolocttokyo.com/